戦う建築診断士は実は交渉士ですね
鷲尾:
これは軽井沢のリゾートマンションの例だけれど、8ヶ月交渉して2億円くらいの改修工事を無償でやってもらいました。鉄筋が入っていないとか、防水上の問題とか20項目くらい上げて、直してくれと。最初は業者に相手にしてもらえなくてね。向こうは一級建築士やトラブル専門の人を15人くらい揃えてくるですよ。私の側は私と私を紹介してくれた一級建築士の2人だけ。人数から見たらとても勝ち目はない。
川添:
怖いですね。
鷲尾:
それでもね、しっかり理論武装していると負けないんですよ。材料ひとつとっても、建築材料メーカーに(相手には)内緒でコンタクトして、その材料についてどういうものなのか、こういう場合に使っていいものなの?こういう場合には悪いよねと、全部ウラをとってね、疑問を相手にぶつけていくんですよ。お風呂でこの材料使うのはおかしいでしょ。水漏れの原因はこれなんじゃないのって。
川添:
相手というのは、ゼネコン、デベロッパー、設計事務所ですね。
鷲尾:
その時点ではまだ責任がはっきりしない、デベロッパーなんかだと、販売しただけだと言って逃げられることもある。でね、追求していくんですよ。「販売価格に対して、もともと予算が少なすぎるんじゃないの?予算が少ないから材料のランク下げろって言ったそうだよね。そんな風に言われたら業者はこんな工事しかできなくなるでしょう」と言うと、デベロッパーも自分も悪いという話になるでしょう。そしてね、議事録も出しなさいって言ってね。丹念に見ていくんですよ。そうするといろんなことが分かる。「毎週工程会議や打ち合わせ会議をやってるようだけど、きちんとしたコンクリートを打て、とか誰も発言してないね。遅れた工期どうするのっていう話ばっかりじゃない。だから今、クラックが出てるんだよ。原因はこれだね」と言うと相手は「分かりました、ごめんなさい」となる。それからじゃあどういう風に直そうかという話し合いになるわけですよ。で、向こうさんが出してくる直し案にも、「こんなんじゃダメでしょ、クラック入った原因ってもともとこういうことなんだから、そこから直しなさいよ」って口を出していく。
川添:
対処治療でごまかされないで、根本治療を要求するわけですね。
鷲尾:
そうそう。そこに行き着く。だからね、大規模改修工事並みになるんですよ。鉄筋入れられるところには、壊して入れてもらうし、できないときは補強のシートを貼ってもらい、仕上げに差が出るのでそれを解消するためにその面は全部塗りなおしてもらう、そうすると足場から組まなくちゃならないからね。金額も大規模改修工事並み。 それが業者さんたちの間でどういう費用按分になったかは分からないけれど、デベロッパーも出しているはずだし、まあ、この軽井沢の場合はゼネコンが一番多く負担していると思いますがね。
川添:
へえ、それを全部無償でやってもらうように交渉するのが鷲尾さんのお仕事なんだ。管理組合では、なかなかそこまでできないんですね。おかしいと思っても追求できない。
鷲尾:
そうそう。診断だけだったら全然気がラクですけど。
川添:
ああ、戦うわけですものね。
鷲尾:
戦うといえばね、この仕事を始めたころ、京都のマンションの管理組合に呼ばれたことがあってね。それはホームページからのお客さんでね。最初は関西には私みたいな商売はないんだと思って、なんで東京の診断者に連絡したのかって聞いてみたんですよ。そしたら、関西で私のような仕事をしている人には全部断られたからだって言われた。そうそう、向こうにはちゃんと(自分のような仕事が)あったわけ。で、関西のそういう人に全部断られたと聞いて、あ、ヤバって思いましたよ(笑)
川添:
戦う診断士鷲尾さんでもビビるんだ(笑)それだけ相手が手ごわそうだった。
鷲尾:
だからね、最初から交渉の見積金額なんて出せなくて、まずは建築の診断だけさせてください、それで応援できそうだったらそのときに言いますって言ってね。でも、一生懸命見てるとね、これおかしいじゃん、これもおかしいじゃん、図面でもこうなってるじゃん・・あれもこれも、って出て来るんですよ。それで、これだけ脇が甘い業者ならやれそうかなって、引き受けた。でもね、向こうの業者さんとどのくらい交渉すればいいか見当がつかないわけですよ。だから、(交渉が)長引いたら申し訳ないけど金額を1回ごとの単価だけ決めて毎回京都まで行きました。一年近く交渉はかかったけれど、結局20項目くらいあったのをほとんど直してもらいましたよ。
川添:
ほ~、やっぱり戦う診断士だ(笑)
鷲尾:
そういう時ね、必ず途中で弁護士雇ったほうがいいんじゃないかという話になるんです。お金が絡んでくるからね。裁判やったほうがいいって考えるのね。でもそれってね、相手を開き直らせるだけなんですよ。私は実利を取ったほうが住人のためにはいいと思っていますから、裁判沙汰にはしないほうがいいと忠告するんです。たとえば鉄筋の強度にしても、裁判に持ち込んだとしたら相手は開き直る可能性が高い。もう一度構造計算なんてことになると、第三者(鷲尾さん)に言われて鉄筋が多少少ないのは分かりますが、別に建物は崩壊のリスクはありません。だから過度の要求は認められません、なんて判決になるんですね。そうなると、戦ったという事実への自己満足はあるけれど実利がとれないんです。
それに裁判まで行かなかったとしても弁護士さんを入れるとなると、結局は弁護士さんが私のような建築のプロを連れてくることになるから、その分弁護士費用が無駄に増えるだけでしょう。だから実利を取りましょうと。
川添:
ふーん。診断士というより交渉士と呼んだほうがいいかもしれませんね。
鷲尾:
だからね、マンションやビルの改修コンペも私が設定しますよ。管理会社に見積もりを頼むと全部お手盛りですから。それって発注が公明正大でないわけです。私は(ゼネコン時代に)見積もやっていましたから図面を見ると大体予算が作れちゃう。それで、こと細かに各部位ごとにこういう内容で直すという仕様と図面を作成して、管理組合で何社か見積参加の業者を推薦してくださいと言う。すると何社か上がってきますね。各社に見積してもらって金額の説明をしてもらい、提出してもらう。ただし、各社の名前はA社、B社、C社というように伏せてね。なぜなら、やはりそれぞれ理事長や、副理事長などが自分の推薦した会社を押そうとするから。会社チェックは公正に行ってもらうために名前を伏せるんです。私はその会社がどんな工事をしているのかを調べて通信簿を作ってあげるんですよ。そうすると、会社の経歴書ではこうなっているけど、実際にはこういう工事が多くて、やっている人間はこんな人間です、なんてことまで。そうするといろいろ見えてきて、A社は安いけど危険だよね、B社のほうがこういう形で経営しているから安心だねとか、意見が出てくるようになるんです。だから一番安いからといって安易に発注するということはあまりないですね。
川添:
選び方のコツがあるんですね。
鷲尾:
そう。でも最初から私だったらこれを選ぶというのは言わない。いろいろ意見が出尽くして、鷲尾さん、どう思います?となったときに初めてやっぱりBだと思いますよと。決定した後、ではB社に対してこう交渉していきましょうという話になるんです。値段も二番手だったんだから、一番札になるべく近い数字にできるかどうかとか、仕様も予算的に厳しいようだったらこういう風に変えましょうとか。 契約の内容も全部文書に残して、次にその通りやっているかどうかのチェックもする。本来なら管理組合のたとえば建設委員会のメンバーの方々の仕事なんですが、素人がここまでやるのは大変なわけですよ。
川添:
その大変な部分を人に任せられるわけですね。大変な付加価値ですね。